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プロフィール

初めまして!HARUKAです。

本日は私のブログサイトにお越しいただきありがとう、ありがとうございます!

私は都内で設計職として働く38歳のごく普通のサラリーマンです。

このブログではスキルゼロからWEBマーケティングスキルを身につけ、副収入を得られるまでの過程を発信していきます。

本ページではプロフィールを紹介します。
「HARUKAがどんな人物か知りたい!」と思っている方は読みで見てください!

プロフィールなので有益な情報やノウハウは書いてません!

基本情報

名前:HARUKA
生年月日:1985年4月
出身:千葉県千葉市
職業:会社員
趣味:旅行、買い物、Disney

幼少期~小学校時代

私の家族は父と母と弟の4人家族です。

父は仕事で忙しく家にほとんどいず、母がワンオペで私たちを育ててくれました。

母は絵を書くことや工作が得意で、その影響を受け私もお絵描きや工作が大好きな子供でした。

HARUKA
HARUKA
まだ実家には幼少期の作品が残っており、当時の私の色遣いや感性にすごいな!と自画自賛(笑)

小学校ではクラス委員をしたり何事にも率先してやっていた記憶があります。
自分が誰かに頼りにされたり、喜んでもらえることが好きでした。

勉強の成績はそれなり、運動は好きでしたが得意なわけではありませんでした。
怖いもの知らずでなににでも挑戦し、逆上がりでは前歯を折り、スキーでは頭を切ったりするなどよくケガをしていました。

それらの経験から恐れを捨てて挑戦することの大切さを学んだ気がします。

思い返すと幼少期の経験は今の私の人格形成の基盤となっているなと感じます。

HARUKA
HARUKA
頼られると断れない性格もおっちょこちょいなところも今と同じ!

中学・高校時代と大学受験

中学校・高校ではとても気の合う友人達に恵まれ、楽しい時間を過ごしています。

地元では進学校といわれる学校へ通っていて、成績も中の上くらい。
学業も部活もそれなりにこなしていましたが優等生ではありませんでした。

HARUKA
HARUKA
ジャニーズが近くで撮影しいしていると聞けば学校を抜け出し、廊下に正座で叱られ。文化祭前に金髪にしたら職員室に呼び出されたり…

今となってはいい思い出ですが、先生方にはご迷惑かけたなと反省です。

そんな私も、高校3年生になり大学受験を目指し進路を決定していきます。

相変わらず絵や工作などデザインする事が大好きでしたが、芸術家になるほどの能力は持っていないのはわかっていたので、理解クラスへ進みます。
親の勧めもあり薬学部を目指し、一生懸命勉強に励みました。

しかし結果は全滅。
滑り止めで受けた薬学とは関係のない女子大学しか受かることができませんでした。

今までなんだかんだ言いながらそつなくこなしてきた私の、初めての挫折でした。

私は女子大学で学ぶ意義を感じられず親に頼み込んで浪人を決意します。

この年の受験から薬学部の課程が6年制になり、もともと学費も他の学部に比べて高いのにさらに2年…自分が本当に学びたいたいことはなんなのか自問自答します。

そんな傷心のタイミングで気分転換にと無理やり誘われたHAKUJU HALLでのピアノリサイタルへ出かけます。

今となっては曲目が何だったのかも思い出せないのですが、その景色だけは鮮明に思えていて、波を表現された様な壁と柔らかい照明の空間。私を癒してくれる場所はあるんだと、傷心していた私にとって心洗われた出来事でした。

建築は美しい空間を創り出すための芸術であり、人々の生活を豊かにする重要な要素です。

私は好きだったデザインすることも、今まで勉強してきた理系の勉強もあきらめなくていい建築という分野に魅了され、進路を変え薬学から建築学科を目指すことになります。

大学時代

同じ目標を持つ友人たちと共に刺激的な時間を過ごすします。

建築の理論や技術を学ぶ中で、自分自身の成長を感じ、友人たちと協力や切磋琢磨し、私の建築への情熱をさらに深めるていきました。

建築の知識が深まるにつれて、これまで見てきた建築物が多角的に見えるようになり、それまでは建築といえばデザインに焦点を当てていましたが、実際には構造や設備、運用方法など、さまざまな要素が関わっていることを知ります。

また、バイトもいろいろ経験します。
飲食店の接客に厨房スタッフ、塾講師、物販の検品作業、キャンペンガール、etc.

HARUKA
HARUKA
当時は課題とバイトに追われ頑張ってる自分に寄ってたな(笑)

大学時代は幅広い領域に触れながら、知識と視野を広げる貴重な時間を過ごしました。

そんな私も就職活動を開始します。

2008年当初は就活生にとっては売り手市場で、私もその恩恵にあやかり数社の内定をいただき外資系建築会社へ入社を決めます。

HARUKA
HARUKA
2008年はリーマンショックがあり内定切りをされる友達がいて私も卒業までドキドキしていました。

社会人生活

内定を切られることはなく無事就職します。

建築業界は力仕事な場面も多々あり男性が主体で、同期も女性が30人中5人という感じです。

私は若手のうちに色々な経験を積み成長したいためどんな仕事でもまずはトライしたいと伝えていたため建築現場へ配属されます。

しかし現場は本当に男性ばかりで、頑張りたいと思っていても物理的なパワーや環境など、どうしても男性と全く同じにとはいかない場面が多くありました。

HARUKA
HARUKA
ある工事現場で水漏れを発見したのに元栓が硬くて閉められず応援が駆けつけてくれるまで見てるだけ…

気を使われているのはわかっていても、同じように動けないもどかしさを感じ現場に男性が多い現状も納得せざる得ないという感じでした。

そんなもどかしさを感じながらも自分なりに努力し、サポートもたくさんしてもらいながら大型案件も任されるようになります。

その半面、数年後同じように働いている姿がイメージできず焦りも感じていました。

そんな中、営業職への異動が決まります。

HARUKA
HARUKA
現場ではサポートしてもらってばかりだったけど、本当の意味でお世話になった方に恩返しができるかもと意気込んでました!

ちょうど企業における女性活用が活発になっており、同世代の女性が結婚や出産に伴って退職したり育児休暇を取ったりする中、私は自身のキャリアを築いていく道へ進んでいきます。

少しずづですが女性社員も増え、部下もでき、業務のほかにもダイバーシティーの活動など仕事も忙しかったですが、何かを作っていく過程に携われることや、それに自身の提案が絡んでること、また一緒に喜べる同僚がお客様がいることにとても充実した日々を送っていました。

しかしコロナが流行りだした頃から体調がおかしくなってしまいました。

平日は気を張っているからなのかそこまでひどくはないのですが週末になると

  • 体が動かなくベットから起き上がれない
  • 体中に湿疹が出る

そんな症状が続きプライベートも回復に専念するためなくなり、ついには

  • 仕事中にもなぜか不安で涙が出てくる

こんなことがあり、違和感を覚えて病院にいったところ「適応障害」と診断され、会社を休むことに。

HARUKA
HARUKA
やりがいは感じていたしそこまで無理している感覚はなかったのに、自分の心身をだましながら仕事していたのか…
まさか自分が休職することになるなんて思ってもみなかったので、休職の決断すらつらいものになりました。

会社を休んだことは、今までの働き方や人生を見つめなおすきっかけになりました。

復帰後私は今までの現場と営業の経験を加味され技術サポートの部門へ移動します。

そこは今まで経験してきた環境と全く違いました。

今まではいつも時間に追われ、休みの日も携帯電話を手放せない状況でしたが、業務終了後は携帯の電源をOFFしてしまうような部署。

ライフワークバランスもしっかりとれとても、人間関係も良好な部署です。

HARUKA
HARUKA
ただ、私がやりがいに感じていた新しいことを作っていくとや一緒に喜べる相手はいず仕事を楽しめなくなっていました。

そして転職を考えるようになります。

新たにスキルを身に着けるには転職?それとも…

私は新卒から今の会社で約14年働いてきて色んな職種は経験したものの建築業界しか知りません。

この年だと転職にもそれなりの実績が必要で、全く未経験の分野では書類の通過すら難しいことを実感します。

そこで私は会社員頼らず新たにスキルを身に付けて転職でも独立でもできるようになろうと考えます。

そして色々調べて見つけたのが「WEBライター」という分野でした。

しかし、WEBライターは始めやすいことからフリーランス職種としても人気が高く過当競争気味だと知ります。
またAIの発展でWEBライターの仕事が不要になるかもとささやかれてました。

HARUKA
HARUKA
2022年11月にChatgptが登場して、今ではかなり高性能な文章が出来上がりますね。

私自身ライターというより、成果を出すために論理的に答えを探し求めたり、数字を集めて分析するような根拠がちゃんと出せるようなことが好きなため、コンサルやマーケティングのような少し上流の仕事に就きたいと思っていました。

そこで「WEBマーケター」という職業があることを知ります。

マーケティングは転職活動の際トライしてたのですが、実績が営業提案書に書く根拠くらいしかなかったためあきらめた業種です。

インターネット・SNSの普及に伴い、多くの企業でWEBマーケティングに取り組んでいある状況や、PCとネット環境さえそろっていれば始められることもとても可能性を感じています。

私は新たな挑戦として「WEBマーケティング」を学んでいきます。

WEBマーケティングを学ぶことで新しいスキルを得て、次のステージに向かって進んでいきます!

本サイトでは会社員である私がWEBマーケティングを学び、1年後には副業で月収30万、2根年後には転職か独立を選択し自分の理想とする未来実現するまでの道のりを紹介していきたいと思います!

「WEBマーケター」になるために必要なスキルを身に着けていく過程を発信していきます。

新たな一歩を踏み出そうと頑張ろうとしている人たちのロールモデルになれればと思っていますので、ぜひチェックしてみてください!